●● ハッピー☆チャイルド --- 濡れた羽にひとしずくの光を ●●
誰かを「好き」って言った事ある?
…それはね、言った方も言われた方も幸せになれる、不思議な言葉。
学校のチャイムが鳴る。
この高校が昼休みに突入する合図だ。
購買へと学生達が急ぐ中、中庭のあまり目立たない体育倉庫の裏に、人影があった。
男子生徒と女生徒。
女のほうは顔を真っ赤にしてうつむいている。
普通で言えば、青々しい高校生特有の「告白タイム」というやつであろう。
緊張しているその空気を、男のほうから破った。
「僕の事好きなのって…君?」
その言葉に、女はバッと顔を上げた。
「ふ、深沢先輩!あ、あの…来てくださってありがとうございます…!私一年の…」
「あのさぁ」
続く言葉を、深沢 成美が打ち切った。声は至って冷静である。
そして成美はきょとんとしている女に、封筒を差し出した。
「え…?これ…私のラブレター…」
「やり直し。」
差し出した封筒を女に返すでもなく、成美はそのままその封筒を破いた。
さながら歌舞伎の盛り上がり時に落ちてくる紙ふぶきのように、女の手紙は風に散っていった。
「こんな安い言葉じゃ、僕の心は動かない。君…本当に僕の事好きなの?」
成美が女の身長に合わせて屈みこむ。
女は急に近づいた成美の端整な顔に、更に顔を赤くさせた。
「は、はい!」
手紙を破られたにもかかわらず、女は力強く頷く。
成美はその反応を見ると、くすっとひとつ笑い、
「ならさ、ウサギ跳びでグランド三週してみてよ。」
言い放った。
無感情に、冷たく。
その言葉に女は赤かった顔を今度は真っ青にさせ、走っていってしまった。
「あーあ、行っちゃった。…。」
後には、ため息と共に静寂が残った。
「ダメだよセイちゃん。告白してくれたのに、あんな態度。もっと優しくしなくちゃ。」
その静寂を後ろの声が打ち砕く。明るい、響きのある声だ。
成美が振り返ると、頭ひとつ下に栗色のくせっ毛が風に揺れた。
セミロングのそれは、明るい藤崎 愛華の雰囲気にぴったりに思えた。
「出たよ…藤崎 愛華…。ほっといてよ。幼なじみだからって、僕に口出しする権利はないよ?。」
愛華は、眉を顔の中央に寄せた。
怒っているつもりなのだろうか、愛華のかわいらしい顔にはいまいち迫力がかけた。
「権利とかじゃないよ!…あのね、セイちゃん?人の気持ちは大切なの、簡単に蔑ろにしていいものじゃないんだよ?」
「はいはい。わかってるよ…。」
愛華の言葉を適当に促すと、成美は早足にその場から離れてしまった。
去り際オマケに手をひらひらさせる。なんともキザな男である。
「あーッ!セイちゃんッッ!…もぅ。」
「アイ…またやってるの?」
後に残され叫ぶ愛華に、呆れた様な声がかかる。
後ろを振り向くと、長身の男と女が立っていた。
女は黒髪の長髪、男も黒髪で長髪だが、後ろでその髪を結びひとつにまとめていた。
「サクラちゃん…。」
「あんたもこりないねぇ…あのダメ男にはもう何言っても無駄でしょ?」
東雲 桜は盛大なため息をついた。
「そや。いくらあいつが女に優しいゆうても、いつかお前に手をだしたらどうすんのや?」
続けて、近藤 柳が喋りだす。関西弁がこの場の空気を和ませていた。
「コンちゃん。うーん…でもね?私はやっぱりセイちゃんを信じたいんだ。」
柳は、愛華の頭を撫でた。
それに愛華は嬉しそうに微笑む。
「…まぁ、とりあえず…お昼食べよ?」
桜が自分のお弁当であろう巾着袋を持ち上げた。
それを見て、盛大にお腹が鳴った愛華は、恥ずかしそうに苦笑しながら頷いた。
学校の屋上というのは意外と静かなものである。
特に今日のような風のある日は、愛華達だけのようだった。
東校舎の屋上で日向ぼっこしながら昼食をとるのが、愛華達の日課になっていた。
別に誰と約束をしたわけではないが、自然にそうなっていたのだ。
「それでね、セイちゃんったらその告白してくれた子に、ウサギ跳びでグランド三週しろとか言うんだよ?」
愛華がタコの形をしたウインナーを口に頬張りながら言った。
「うっわ…何それ…。さすが深沢成美様…伊達に毎日告白されてないわね…。」
桜が呆れたようにそれに答える。桜はもうすでに食べ終えていた。
柳も同じように食べ終わっているのを見ると、愛華は食べるのが遅いようだ。
「好きって言ってくれた相手を傷つけちゃいけないよ。」
愛華がつぶやいた。
「うーん。もっともな意見やな。」
柳が苦笑しながら同意した。
「どんどん周りから浮いていくっていうか…セイ、最近お昼もここに来ないもんね。」
桜もため息混じりに言った。
そうだった、確かに高校に入った始めは、4人で今のように屋上で昼ご飯を食べていたのだ。
中学の頃から一緒にいる4人にとって、それはごく自然で当たり前のことだった。
しかしいつしか、成美はこの輪から外れようとしていた。
何故か理由は誰も知らない。ただ成美が、成美だけが、何かを変えようとしていることだけはわかるのだ。
「…アイは…セイが心配なのね?」
桜の言葉に、愛華は頷いた。
「このままじゃセイちゃん、いろんな人を傷つけちゃう。」
成美が女に人気があるのは、端整な顔立ちのせいで中学時代からそうであった。
しかし、女性に対して優しい態度の成美はいつしかいなくなった。
今では、近付いて来た女性を泣かせることで有名になっていたのだ。
「セイちゃん…恥ずかしがり屋さんだからなぁ…。」
「…えぇ?」
愛華の言葉に、桜は驚いた。まったく成美には似つかわしくない言葉に思えたのだ。
「せやなぁ…。だから告白された相手に、あんなこと言うんやなぁ…。」
「どんな照れ隠しだッッ!」
たまらず桜は突っ込んだ。
「私、もう一回セイちゃんとお話してくる!」
ガタッと音がしそうな程、愛華は勢いよく立ち上がった。
そしてまだ食べ終わっていないお弁当もほおったままで、走っていってしまった。
「…いってらっしゃい。」
そのお弁当に蓋をしながら桜は呟いた。
「大変やねぇ、お母さん。」
「誰がお母さんだッッ!」
すかさず言った桜に柳は拍手した。
「お、見事なつっこみ。この二年で上手くなったなぁ。」
嬉しくない。と桜は柳を叩いた。
西校舎の廊下を、成美は歩いていた。
最近は愛華達とお昼を食べていた東校舎ではなく、古くなり特別授業でしか使用することのなくなった西校舎の屋上が、成美の憩いの場になっていた。
成美は深くため息をついた。近頃ため息をつくことが多くなってきた。
それはけして愛華達のせいではなく、自分にうんざりしていたからである。
「僕も…いい加減にしないとなぁ…。」
自分が愛華を傷つけているのはわかっていた。
それでも、この十五年間何も変わらないことにイライラしていた。
自分の想いも、自分と愛華の関係も。
愛華とは、桜や柳とは違い、産まれた時から一緒だった。
よくある幼馴染とかいうやつだ。
小学校にあがり二人だけだった世界に、他人が入ってきた。それが成美にはとても苦痛だった。
単純な独占欲。
情けない自分にうんざりする。
同時にこれだけ女の子が僕に言い寄ってくる中で、なぜ愛華だけがなびかないのか、成美はわからなかった。なびいて欲しいわけじゃない、僕を求めて欲しいわけじゃない。
自分の気持ちは判っているはずなのに。
イライラはいつしか止まらなくなった。
中学に上がって、桜と愛華が友達になった。
桜は他の女と違っていた。一緒にいても苦痛じゃない。
それは桜も自分と同じように愛華を好いていたからであろう。
次に柳が入ってきた。
柳ははっきりとした性格だから、成美も楽だった。
気付いたらいつも4人一緒にいた。
それでいいと思っていた。
それでも自分のイライラは納まらない。
この自分を変えたくて、わざと自分から輪から離れた。
これ以上愛華といるのは、危険ではないのか…?
そんな思いが、いつも成美を蔽っていた。
「セイちゃん!」
それでも…突き放しても追ってくるこの光。
成美はため息をついて振り返った。
「また…何でお前僕にそんなに突っかかるのさ…。」
少し声を冷たくする。
愛華は俯いた。…しまった傷つけたか、と成美は愛華を覗き込もうとした。
「…セイちゃんと一緒にゴハン食べたいから。」
「は?」
愛華の放った言葉は、成美の予想のできなかった言葉だった。
ぱっと、愛華は顔を上げた。
「4人で食べると美味しーよ?ね?また一緒にゴハン食べようよ。」
眩暈がした。
僕が突き放そうとしている光は、僕をこれだけ壊しているのに。
またあの輪の中に入れと言うのか。
「……馬鹿みたい。」
「セイちゃん?」
もう何も考えたくなかった。
これ以上いたら、僕は頭がおかしくなってしまう。
「お前、もう僕に付きまとうな。お前らはお前らで、呑気にやってればいいんだよ。」
突き放した。
僕のこれ以上ない冷たい声と目で。
成美はもう振り返らなかった。
愛華は俯いて呟いた。
「…意地っ張り。」
「ちょっと。」
怒りを抑えている声が、成美を呼び止めた。
振り向かなくても、もう声の主ははっきりとしているのだが。
成美は振り返らず、盛大にため息をついて言った。
「あいつの次はサクラ?まったく、次から次へと…。暇だねぇ。」
その言葉に、桜は成美の肩をぐっと掴む。
「あんた、いい加減にしなさいよ?」
やっと目が合った黒い大きな瞳には、怒りがありありと浮かんでいた。
成美は何のことやら、と肩をすくめた。
肩に置いた手に力を込めながら桜は言う。
「アイの言ってる意味、頭のいいあんたなら理解してんでしょ?何でいつまでもこんなことしてんのよ。」
「お前に関係ないでしょ。部外者は引っ込んでて。」
成美は桜の手を乱暴に肩から払った。
それでも桜は、睨み返してくる。
「…いつまでもそんなんじゃ…あんたはアイを傷つける…。」
桜の言葉に、成美は眉をしかめた。
「アイに何かあったら…私はあんたを許さないから。」
「…勝手にほざいててよ。何もできない箱入りお嬢様は黙ってて。」
「ッッ!!」
成美の言葉に桜の顔はさっと赤くなり、一瞬成美を睨むと、顔を俯け走っていってしまった。
それは桜に対して言ってはいけない言葉だった。
この短い付き合いで成美は知っていた。知っていたはずなのに。
あえて桜を傷つけた。
「…ふん。」
「セイちゃんッッ!」
気まずさにため息をつくと、愛華が呼び止めた。
「あぁ…いたの?」
驚きを隠しつつ、成美は言った。
愛華が何を話すか、大方見当はついている。
「ダメよ。そういう言葉は…言っちゃダメ。」
やっぱりだ。
さっきの失言のお咎め。
「…別に…サクラは大丈夫でしょ?気にしてないみたいだったし。」
成美の言葉に、愛華は首を激しく横に振った。
静かに、愛華は言う。
「それでもダメ。絶対ダメ。周りの人が聞いていて…イタイ言葉だから。」
愛華は自分の胸に手を当てた。
成美の事なのに、まるで自分の事みたく話す。
痛そうに眉をしかめ、俯く。
「どのキズがしみるかなんて、私達にはわからないでしょ?」
目の前にいる少女が、自分には眩しくて仕方がなかった。
あぁ、こいつは僕を責めているのではない。
本気で僕の事を心配している。
そして同時に、桜のことも。
「お前は…本当に…。」
「ん?」
僕のつぶやきに、愛華が顔を上げた。
「あっちいけよ。僕に近づかないで。」
僕の精一杯の抵抗。
「…セイちゃん。」
愛華は走って僕から離れる。
それでいいんだ。僕の側にいたら、きっと…。お前まで…。
「おー。しばらく見ない間に、またえらい悪ガキになったのぅ。」
今日はよく背後から声をかけられる日だ。
まったく、次から次へと。
「…次はコンなの?」
振り返ると、僕よりも少し背が高いコンが、しかめ面をしていた。
「口だけは達者…と言ったところか?」
それでもコンの口調は柔らかい。
「…何とでも言ってよ。」
僕の言葉に、コンがため息をついた。
あぁ、イライラする。
「お前人を傷つける重みわかっとんのか?アイの気持ち考えて…」
「何で皆僕にかまうのかねぇ。僕を勝手に好きになった人に対して、僕が何しようと勝手でしょ?」
僕はコンの言葉もろくに聞かず、遮った。
「…自分の都合だけで世界回ると思うな、セイ。お前の言葉に、深く傷つく奴もおんねんや。」
正しい答えを言われた。
そうだね、それが正当な意見だよ。
「ちゃんと周り見て、話聞いたり。」
でも、僕はそんな優等生じゃない。そんな余裕があったら、きっともっと上手く生きれる。
「うっさいよ。」
僕はコンを睨んだ。コンがため息をつく。
「ま、それがわかってて出来へんのやろ?」
「…。」
「不器用やもんな。」
こいつは…。
結局何が言いたかったんだ?
うやむやにされてしまった気がする。
ええから、と笑って帰ろうとしたコンが、あっと声を出して振り返った。
「それとな、サクラ泣かしたら…本気で切れるで?」
今までで一番、真面目な顔で言った。
「…はいはい。すみませんでした。君のサクラ馬鹿はきっと死んでも治らないね。」
僕の言葉にコンはにっと笑った。それがなんだか悔しい。
「コンこそもっと自分の気持ち素直に伝えたら?あの様子じゃ、アイの方が一枚上手だね。」
「あ、お前もそう思うか?一番のライバルがアイっちゅうのがな…勝てる気がせーへん。」
嫌味も通じないとか…僕にはこいつがいつまでたってもよくわからない。
去っていくコンの背中を見送りながら、僕はため息をついた。
「サクラちゃん!」
私を呼び止める声がした。
それは聞き間違えるはずのないアイの声だった。私を呼び止めた理由はわかっている。
振り向いて、笑顔で答えた。
「…どうしたの?」
私の笑顔を見てアイは微笑み、ほっと息を吐いた。
「…んーん。何でもない。」
セイを気にしているのが手に取るようにわかる。
本当に昔からこの子はすぐ顔に出るんだから。
「大丈夫だよ。セイに言われたことなら気にしてないから。」
私の言葉に、アイは黙って俯いてしまった。
気まずくなって、私は無理矢理言葉を捜す。
「それにしてもセイってば…あんなに嫌な奴になってたとは…。」
口に出たのは今の状況ではあまりふさわしくない言葉。
私ってばどうしてこう…いいたくない言葉ばかり口をつくのだろう。
「サクラちゃん…。」
案の定顔を上げたアイの顔は悲しそうだった。
違う…私は貴女にそんな顔をさせたいんじゃないのよ。
「わかってる。アイがセイをほっとけないって…でもね?…セイのためにあんたが傷つくこと…ないのよ?」
これは正直な言葉だった。アイにはいつも幸せそうに笑っていて欲しい。
私を暗闇から救ってくれた笑顔だから。私自身を取り戻させてくれた笑顔だから。
だから、この笑顔を奪うあの男が、今は嫌い。
「でも…セイちゃんはいい子だよ?」
それでもこの子はあの男を必死でかばう。
「恥ずかしくって、ちょっと言葉が伝えきれないだけだよ。根は優しいセイちゃんのままだよ?」
知ってるよ。あの男がちゃんとアイのこと想ってるって事。
貴女とあの男の間には、私が絶対に入れない世界がある。あの男の話をする時、アイはいつも幸せそうだものね。
アイだって酷いこと言われただろうに…私を心配してくれたのよね。
アイの言葉は誰も責めない。だから、救われるんだろうな…。
「…あんたって人は…。」
私もセイも救おうとしてるのね。どっちも傷つかないで欲しいのよね。
「ね?サクラちゃんもわかるよ。」
「そうかねぇ…。」
苦笑した私に、アイは微笑んだ。
さっきよりもずっと優しい笑顔。
「…ありがとう、サクラちゃん。心配してくれて。」
「…え?」
突然の言葉に驚いた。
アイの笑顔が変わらないので、私大きく息を吐いて言った。
「当たり前でしょ。」
そう言うと、アイはにっこりと笑った。
「私サクラちゃんが大好きよ。」
「…。」
唐突過ぎて、思考回路が追いつかない。アイは何を言おうとしているのか。
そんな私の気持ちを理解したかのように、アイは胸に手を置いて、言った。
「あのね、好きって不思議な言葉なんだよ。人の心を幸せにしてくれるの。その言葉にはね、嘘はない。
その人の気持ちがそのまま入った言葉なの。」
その言葉は、私の心にするりと入り込んできた。
でもそれは嫌なものではなく、とても暖かな、とても居心地の良いものだった。
私のさっきまでセイに抱いてきた感情が、その暖かいものに溶かされた。
自然に、私の顔も笑顔になる。
「…そうね、アイが言うと本当に思えるわ。」
胸に手を置き、目を瞑った。
とくとく、と心臓が動く。あぁ、今とても穏やかな気持ち…。
「私サクラちゃん大好き!」
目を開いて、目の前のアイを見つめた。
「うん、私もよ。アイ。」
心から、大切な人。
「ラブラブですねぇ…」
和やかな雰囲気が呟いた一声で途絶えた。
「コンッ!…いたの?」
訝しげな表情になる桜に、柳はため息をついた。
「なんやその顔…。せっかくセイの居場所教えに来たのにそらないわ。」
「本当!?どこ?」
柳の言葉に、桜ではなく愛華が食いついた。
柳は、にっこりと笑って答える。
「旧校舎や。」
「ありがとう!コンちゃんッッ!」
その言葉を聞いて柳は愛華を呼び止めた。
「…行くんか?」
「うん。」
迷いなく頷く愛華に、柳は苦笑した。
「大丈夫。セイちゃんを信じてるから。」
「そうは言ってもなぁ。」
あいつは…と続けようとした柳の言葉を愛華は遮った。
「それにね!」
桜と柳は首をかしげた。
愛華はにっこりと笑った。
「誰かに好きって言われて、嬉しくない人はいないよ?」
そう言って、愛華は走っていってしまった。
「…かなわないなぁ。」
桜がそう言うと、柳がそやなぁと相づちを打つ。
それがなんだか可笑しくて、二人は顔を見合わせて笑った。
ぱたぱたと走ってこちらに近づいてくる音がする。
僕は、走ってくる主を予想し、ため息をついた。
「…たっくいい加減に…。…?」
振り向くと、そこには愛華ではなく、昼休みに僕に告白してきた一年生が立っていた。
予想もしていなかった相手に、僕は固まってしまった。
「深沢先輩…。」
「あぁ、さっきの。まだ何か用なの?」
あまり興味もなかったので、大して感情をいれずに答えた。
でも、彼女は俯いたまま上を向かない。
おかしいな、と思って覗き込もうとすると、ばっと彼女は顔を上げた。
「深沢先輩…先輩は…人を拒絶してます。」
断定的な、はっきりとした口調だった。何も言えなくなり、僕は黙った。
「女の子には優しいけど…上辺だけ。本当の気持ちなんて入ってない。」
言葉は形を鋭利に変えて、突き刺した。
「先輩には人の心がないみたい。人が傷付くのを見てそんなに楽しいですか?」
僕は怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ黙っていた。
彼女はまっすぐ僕を見て、睨んでいる。
僕の答えを待っているのだろうか?
「そんなこと言っちゃダメ。」
はっきりとした言葉が、頭に響いた。
声のほうを見ると、愛華が立っていた。
「…藤崎先輩…。」
目の前の彼女はつぶやいた。
まぁ、僕の事を好きになったのだったら、愛華の事を知っていてもおかしくない。
「好きになった人にそんな言葉をぶつけちゃダメ。」
愛華は言いながら彼女に近づいた。愛華の顔は穏やかだったが、彼女は涙を流した。
「だって…。…私だって本気で好きだったのに…ッッ!」
震える声でつぶやいた。
「じゃあ、貴女のその気持ちはどこへ行くの?相手を傷付けてまで欲しい想いって何?貴女は、セイちゃんが好きで、だから傷つけるの?」
愛華の声に、彼女は嗚咽を上げて泣き崩れた。そんな彼女に、愛華はしゃがんで頭を撫でる。
そして、優しい声で言った。
「そんなの自分が悲しいだけだよ。貴女はわかってるんだよね。自分がセイちゃんを傷つけていること。それでも諦められないくらいセイちゃんが好きなんだよね。」
彼女は涙でびしょびしょの顔を上げて、愛華を見た。
愛華は頷き、僕に目線を向けた。
「セイちゃん。ごめんなさいしなさい。」
何で僕が、と文句を言ったら、ちゃんと理由はわかってるでしょ?と微笑まれてしまった。
くそ、悔しい。愛華は全部わかっている。
泣き崩れる彼女を見て心を痛めている僕の気持ちも、素直に言い出せない僕の気恥ずかしさも。
散々唸った結果、愛華には勝てないことを自覚した。
ここは素直に、気持ちを伝えておこう。
そう思い、愛華の前で泣いている彼女にしゃがみ込んで目線を合わせた。
瞬間びくっとした彼女を見て、こんなにも傷つけていたんだと改めて確信した。
「ごめんね…傷つけて。…それと…ありがとう、僕を好きになってくれて。」
僕が言うと、彼女は顔を赤らめた。
そして、ばっと立ち上がり、
「…ありがとうございました…!!」
そう言って走って行ってしまった。
屋上に静寂が戻る。まるで嵐が去った後みたいだ。
静けさの中に、拍手の音が響いた。
「へへ。よくできました。」
愛華がとても嬉しそうに、微笑んでいる。
「…お前…なんでこんな所にいるの?」
僕が言うと、愛華はコンに居場所を聞いたと言った。
本当にあいつ、わけわかんない。
また、静寂が生まれた。
「…笑いたかったら笑えば?」
僕が言うと、愛華はどうして?と首をかしげた。
「結局皆…僕の事本気で好きなわけじゃないんだよね…わかってるんだそんなこと。僕の言葉が、たまたま心に響いただけ、それで好きになったような錯覚に陥っただけなんだ…たったそれだけ…。挙句の果てにこんなことにまでなっちゃってさぁ…。」
僕は今までの言い訳と共に一気に吐き出した。俯いて、愛華の顔は見えない。
ふいに、頭に暖かいものが触れた。愛華の手だ。
「…よしよし。」
優しく、ゆっくりと僕の頭を撫でる。
久々の愛華のぬくもりに、僕はばっと顔を上げた。
酷く顔が熱い。
「ちょっと!頭なでないでよ。僕…もうそんな子供じゃないんだけど?」
まくし立てると、愛華は微笑んだ。
「子供だよ。」
え?と僕が言うと、更に暖かい笑みに変わった。
「大きな子供。昔からちっとも変わってない。恥ずかしくて本当の気持ち隠しちゃうんだよね。不器用なセイちゃん。」
あぁ…本当に、こいつにはいつまでたっても敵う気がしない。
なんて暖かい気持ちを、惜しみなく僕にくれるのだろう。
今まで固めていた心が、溶かされていくのを感じた。僕はふっと笑った。
「…お前も変わらないね。お節介なアイ。」
「…あー。」
つぶやいた僕の言葉に愛華は目を輝かせた。
「な、何だよ?」
「久しぶりに名前呼んでくれたね!」
そう言った愛華の顔は、キラキラと輝いていて、とても眩しかった。
「…そんなに嬉しい?」
僕の言葉に、うん!と悩みもせず答える。
あぁ、もう本当に。僕はいつになったらこの笑顔にどぎまぎしなくなるのだろうか。
「えへへ、セーイちゃん。」
嬉しそうに僕を呼ぶ声。こんなに嬉しそうな愛華、久しぶりに見た。
「…何?」
つられて僕も微笑んだ。
「大好き!」
一瞬、時が止まった。
「………はッッ!?はァァァァッッ!?何言ってんのお前!!」
焦ってもう言葉も出てこない。顔がかつてないまでに熱い。
心臓が活発になりすぎて左胸が痛い。僕明日辺り死ぬんじゃなかろうか。
「…何でセイちゃん顔真っ赤なの?」
「煩いよッッ!お前もう喋るなッッ!」
とぼけた顔して。本当にお前は、ずるいんだから。
桜と柳は、事の起こりを少し離れていたところで見ていた。
そして、ため息をついた。桜が。
「…なんか、上手くいったみたいだね。」
「これにて一件落着っちゅう所かな?」
笑いながら、柳は言った。
騒いでいる二人と呆れている二人を、暖かい風が包んだ。
桜が舞い散る。
季節はすっかり春だった。
ほらね?「好き」って言葉は、誰かを幸せにする不思議な言葉なんだよ?
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